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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)263号 判決 1986年7月28日

原告

株式会社東芝

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和57年審判第16035号事件について、昭和58年9月28日に審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年3月19日特許庁に対し、名称を「タービン羽根車」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願をしたところ、昭和55年2月1日出願公告がされたが、株式会社日立製作所から実用新案登録異議の申立があり、昭和57年4月15日拒絶査定を受けたので、同年8月5日審判を請求した。特許庁はこれを同年審判第16035号事件として審理した上昭和58年9月28日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月24日原告に送達された。

2  本願考案の実用新案登録請求の範囲

ロータ円周上に環状列をなして植込まれた回転羽根群の頂部から突き出たテノンを備え、このテノンに嵌合し羽根群を1つの綴りとして結合するよう平板状のシユラウドを有し、羽根群頂部に上記シユラウドを結合するに当たり、テノンの突部がシユラウド外表面より突き出すように固定してなるタービン羽根車において、上記シユラウドにはテノン貫通孔より広い座ぐり孔を穿設すると共に、このシユラウド横断面寸法はシユラウド板厚T、座ぐり深さをtとするとき、

T/3≦t≦2T/3

の関係を満たすようにしてテノンの突部がシユラウド外表面から突き出ないように固定してなり、上記テノンが蒸気中に含まれている水滴等から侵食を受けないようにしたことを特徴とするタービン羽根車

(別紙(1)図面参照)

3  審決の理由の要点

1 本願考案の要旨は、前項のとおりである。

2 これに対し、本願考案の出願前である昭和50年2月14日の出願であつてその出願後である昭和55年2月1日に出願公告された実用新案登録願(実願昭50―19753号)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下これを「引用例」といい、これに記載の考案を「引用考案」という。)には、次の記載がある。

「ロータ円周上に環状列をなして植込まれた回転羽根群の頂部から突き出たテノンを備え、このテノンに嵌合し羽根群を1つの綴りとして結合するよう平板状のシユラウドを有し、羽根群頂部に上記シユラウドを結合するに当たり、上記シユラウドにはテノン貫通孔(14)より広い凹入(15)を穿設すると共に、かしめられたテノンがこの凹入(15)内に投入状に位置するようにして、上記テノンに飛粒が当たることを防止した蒸気タービン動翼のシユラウドリング」(別紙(2)図面参照)

3 そこで、本願考案と引用考案とを対比すると、引用例の「凹入(15)」は本願考案の「座ぐり孔」に相当するものと認められ、両者が相違するのは、本願考案は、「シユラウド横断面寸法は、シユラウド板厚をT、座ぐり深さをtとするとき、T/3≦t≦2T/3の関係を満たすようにした」のに対し、引用例にはこの点の構成がその図面の性質からみて必ずしも明示されているとはいえない点にあるものと認められる。

4  次に、右相違点について検討すると、本来テノンの機能はシユラウドを結合保持するものであつて、その結合部の強度等を考慮してシユラウド横断面の各寸法の関係を決定することは、当業者が普通に行う程度の単なる設計事項であつて、かつ本願考案の前記寸法割合は当業者が通常採用する尋常な範囲を記載したものに過ぎないと認められるから、前記相違する点に格別考案があるものとはいえず、結局、本願考案は引用考案と同一というほかはない。

5  本願考案の考案者が、引用考案の考案者が同一であるとも、本願考案の出願時の出願人と引用考案の出願人とが同一であるとも認められないので、本願考案は、実用新案法3条の2の規定により実用新案登録を受けることはできない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、本願考案は、シユラウド横断面寸法が、シユラウド板厚をT、座ぐりの深さをtとするとき、T/3≦t≦2T/3の関係を満たすようにしたものであることは認めるが、その余は否認する。同4の認定判断は争う。

本願考案と引用考案とは、以下主張のとおりその目的、構成、効果のいずれの点においても異なるのにかかわらず、審決はこれを看過し、両者は同一であるとの誤つた判断をしたものであるから、違法として取消されるべきである。

1 目的及び効果の差異について

蒸気タービンにおいて、タービン回転羽根の頂部は、シユラウドを取付けるためにテノンを有しているが、テノン突部がシユラウドの外表面よりも突き出ていると、その突部は蒸気に含まれている水滴や固形粒子等の衝突により次第に侵食されるので、これを防止するためにテノンの突部をシユラウド外表面から突き出させないような手段を構ずること(これを「沈み込みテノン」という。)が極めて重要である。しかしそのためには、シユラウドの横断面を適正な寸法にしておかないと回転中テノンによる拘束力が解けてシユラウドが飛散するおそれがある。本願考案の目的は、この沈み込みテノンにおいて、テノンとシユラウドとの結合強度を保有したタービン羽根車を提供することにある。本願考案は、このような目的に基づいて後記の構成を採用し、これによつて、沈み込みテノンを用いたタービン羽根車の結合強度の確保という効果を奏することができるのである。

これに対し、引用考案は、蒸気タービンの沈み込みテノンにおいて、飛粒がテノンを侵食するのを防止することを目的とし、これに対応する効果を奏するものであり、本願考案のようにテノンとシユラウドとの結合強度を保有させることを目的としたものではない。このことは後記2(1)構成上の相違点(1)において述べるところによつて明らかに看取することができる。また、引用例の第4図にはかしめられたテノン13がシユラウド11に設けられた凹入15内に沈み込んだ位置に図示されているが、そのテノンの形状は、加工を施さないシユラウドの上にかしめられたテノンを取付けた場合を図示する第2図に描かれているテノンと全く同じ形状になつている。このことから明らかなように引用例にはシユラウドとテノンの結合強度についての技術的配慮を示唆する記載は全くないのである。

2 構成の差異について

本願考案と引用考案とは、次の2点において構成上相違する。

(1)  構成上の相違点(1)

(1) 本願考案では、シユラウドの座ぐり孔とかしめられたテノンの下面及び側面の全面が密着する構成になつている。このような構成によつて、シユラウドとかしめられたテノンとが共同して考案の目的である結合強度を確保するのに役立つのである。このことは、本願考案の明細書中考案の詳細な説明における「テノン52の突部53を図示(第5図)のように平板状のシユラウド54の外表面と同一線上になるまでコーキングすることによつてシユラウド54は羽根51に結合される。」(公報3欄40行ないし43行)及び「この座ぐり孔62をあますところなく利用することによつてテノン52の突部53がシユラウド54外表面から突き出せないようにおさめられている。」(公報4欄2行ないし5行)の記載によつても明らかである。

(2) これに対して、引用考案では、シユラウドの凹入15は、単にテノンの突部をシユラウドの外表面から突き出させないようにするためのものに過ぎず、凹入15はその中にテノンが投入状に配され、テノンの側面と凹入との間には明らかな隙間が存している(引用例第4図参照)。すなわち、右凹入15は、本願考案の座ぐり孔62と異り、かしめられたテノンがその全体をあますところなく利用する構成ではない。

(2)  構成上の相違点(2)

(1) 本願考案は、テノンとシユラウドとの結合強度を保有するとの目的からシユラウドの板厚をTとし、座ぐり孔の深さをtとした場合、T/3≦t≦2T/3の寸法関係にあるとき右結合強度を保持できることを実験によつて究明した結果、右寸法関係を満たすことを構成要件とするものである。すなわち、沈み込みテノンの場合テノンのかしめ作業は、作業員が空気ハンマーを用いてテノンの突部を1つずつかしめて結合するという作業員の手仕事によるのが通常の作業方法であり、このためにかしめに過不足を生ずることが避けられず、かしめの結果には肉眼では見えないばらつきが生ずるのである。このようにテノンのかしめ作業の過不足はその性質上単なる理論解析や経験則からは算出することができないものであり、その適正な寸法を求めるには実験によらなければならないものである。

(2) 一方、引用例(第4図)にはシユラウドの横断面寸法が、シユラウドの板厚をTとし凹入15の深さをtとしたときT/2≒tであるものが図示されている。

(3) そして、本願考案の座ぐり孔と引用例の凹入の前記差異を無視し、両者のtを対応するものとして両考案の前記寸法関係を対比すると、本願考案における前記数式に示された範囲の中には、形式上引用例に表示のものが包含されていることになる。

しかし、前叙とのとおり、本願考案と引用考案とはその目的及び効果が全く異り、技術思想を異にするものであるから、前記不等式T/3≦t≦2T/3が不等式T/2≒tを含むとしてもそれは実施の態様において重複するに過ぎないのであり、両考案を構成上同一であるとすることはできない。このことは、最高裁判所昭和50年7月10日判決(審決取消訴訟判決集昭和50年481頁)に照らしても明らかである。また、既に述べたとおり、本願考案における前記数式は、テノンのかしめ作業が手仕事であるとの特殊な事情から、実験を重ねた結果漸く究明することができたものであるから、このような数式により寸法範囲を明らかにした構成は、技術上重要な意義を有するものであり、単なる設計的事項ではなく、従つて審決がいうように、当業者が通常採用する尋常な範囲を記載したものではない。

第3請求の原因に対する被告の答弁と主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

2  原告の主張する審決取消事由はすべて失当であり、審決には違法の点はない。

1 目的・効果の差異の主張について

(1)  本願考案と引用考案は、共に原告も認めるとおり蒸気タービンの沈み込みテノンに関するものであるところ、蒸気タービンのシユラウドと回転羽根の突出部(テノン)との結合強度を確保する必要があることは、テノンの機能がシユラウドを保持するものである以上当然であり周知の課題である。引用考案においても、結合強度の確保を目的としていることは、引用例における「テノン13が侵食されると、シユラウドリング11を支持することができなくなり、実際上の不都合も最も大きいものである。」との記載(2頁11行ないし14行)及び引用例に図示されたもの(第4図)が後記のとおりシユラウドの凹入深さを考慮した常識的寸法の例として記載されていることからみても明らかである。従つて本願考案と引用考案との間にその目的において差異はない。

(2)  以上のことから明らかなとおり、本願考案も、沈み込みテノンであることからシユラウドの凹部にテノンを配置することにより飛粒がテノンを侵食するのを防止する効果を有することにおいて引用考案と差異がなく、また引用考案もシユラウドとテノンの結合強度を確保する効果を有する点で本願考案と差異がない。

2 構成の差異の主張について

(1)  (構成上の相違点(1)について)本願考案の実用新案登録請求の範囲には、単に「座ぐり孔」と記載されているだけであり、シユラウドの座ぐり孔とかしめられたテノンの下面及び側面の全面が密着する構成である旨の限定はない。このことは、例えば本願考案の公報第5図に示されたものでは、テノンと座ぐり孔との間に隙間があつて密着しておらず引用考案のものと格別差異がないことからも明らかである。

(2)  (構成上の相違点(2)について)本願考案のシユラウドとテノンとの結合強度に関する不等式の領域の一部であるT/2≒tが引用例に図示されていることは認める。従つて、本願考案と引用考案はこの点において一致している。もつとも、引用考案には本願考案の前記不等式の上限値と下限値が明示されていない点で両者の構成は形式上相違するが、シユラウドとテノンの結合部の強度は、シユラウドリングの肩部とテノンの張出部との相対的な厚さによることが明らかであり、かつ座ぐり深さの最適値は浅い場合と深い場合を除いた中間に存在することは当業者であれば明らかであるから、最適値を実験データ等に基づいて設定することは当業者が普通に行う程度の単なる設計的事項というべきである。そして、前記不等式の領域は原告の実験結果によつて得られた特性線図(甲第25号証47頁)に示された理論曲線からみても予測できる範囲に過ぎず、その効果も前記のとおり特段のものではなく、しかも本願考案は常識的数値であるT/2≒tを含むものである以上、本願考案の前記不等式に関する構成は引用例に記載されているものというべきである。

原告は、右の構成は実験によつて初めて解明することができたものであるから単なる設計的事項ではない旨主張するが、周知の課題ないし問題点を解決するに当たり最適値を理論計算によつて算出できない場合に実験によつて求めることは常套手段である。また、原告は本願考案と引用考案とは単に実施の態様において重複するに過ぎない旨主張するが、両者は、既に主張のとおり単に実施態様を重複するに過ぎないものではない。従つて原告引用の判例は本件と事例を異にするものである。

第4証拠関係

本件記録中書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実及び引用例に審決認定の記載があることは当事者間に争いがない。

2  そこで原告主張の審決取消事由について検討する。

1 目的及び効果の差異について

(1)  本願考案と引用考案とは共に蒸気タービンの沈み込みテノンに関する考案であることは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第2号証によると、本願考案の目的について明細書には、「シユラウドとテノンの突部との結合強度を経時的にも低下させないようにすると共に、蒸気中に含まれている水滴や固形粒子によつて受ける侵食をなくす構造を有するタービン羽根車を提供することにある。」(公報3欄22行ないし26行)との記載があることが認められ、この記載によれば、本願考案の目的がシユラウドとテノンとの結合強度を確保し合わせてテノン突部を蒸気中の固形粒子等による侵食から防止することにあることが明らかである。そして、前掲甲第2号証によると、本願考案は当事者間に争いのないその実用新案登録請求の範囲記載の構成により右目的に相応する効果を奏するものであることが認められる。

(2)  一方、成立に争いのない甲第4号証によると、引用例には引用考案の目的として、テノンに飛粒が当たることを有効に防止することを目的とするものである旨の記載がある(3頁5、6行)がシユラウドとテノンとの結合強度を確保することを目的とする旨の明文の記載はない。しかし、右甲号証によれば、引用例には、「蒸気とともにタービンに飛び込んだ粒子は金属粒を主成分とし、タービン内の各部がこれによつて侵食される。……なかでも、テノン13が最も侵食され易いのである。そして、テノン13が侵食されると、シユラウドリング11を支持することができなくなり、実際上の不都合も最も大きいのである。」(2頁6行ないし14行)との記載があることが認められ、この記載に照らせば、引用考案は、その主たる目的がテノンに飛粒が当たることを有効に防止することにあるとしても、その前提として、シユラウドとテノンとの結合強度を保持させることをも考案の課題(目的)としたものであり、かつその目的に相応する効果を奏するものであることが認められる。原告の構成上の相違点(1)の主張が理由のないことは次に判断するとおりであり、原告主張の引用例の図面の記載は右認定を妨げるに足りない。

(3)  以上のとおりであるから、本願考案と引用考案とは、考案の目的が共通であり、その効果においても格別の差異はないというべきである。

2 構成の差異について

(1)  構成上の相違点(1)について

当事者間に争いのない本願考案の実用新案登録請求の範囲には、テノンとシユラウドとの結合関係についてシユラウドの座ぐり孔とかしめられたテノン下面及び側面とが密着するものである旨の記載はない。前掲甲第2号証によつて認められる本願明細書には、その考案の詳細な説明の欄に原告の主張する記載があるが、この記載は本願考案の実施例に関するものであり、その実施例として図面第5図に例示されたものもテノンの側部全面がシユラウドの座ぐり孔に必ずしも密着するように表示されていない。

そうしてみると、本願考案はシユラウドの座ぐり孔とかしめられたテノンの下面及び側面とが密着していることを構成上の要件とするものということはできないから、原告の構成上の相違点(1)の主張は、その前提において誤つているものといわなければならない。

(2)  構成上の相違点(2)について

右に述べたところと前掲甲第2、第4号証によれば、引用例の「凹入(15)」は本願考案の「座ぐり孔」に相当すると認められるところ、本願考案にあつては、シユラウドの横断面寸法がシユラウドの板厚をT、座ぐりの深さをtとするとき、T/3≦t≦2T/3の関係を満たすことを構成要件とするものであり、引用例にはシユラウドの横断面寸法がシユラウドの板厚をT、凹入の深さをtとするとき、T/2≒tであるものが記載されていることは当事者間に争いがなく、本願考案における前記数式に示された範囲の中に引用例に表示されたものが包含されることは明らかである。

そうであるとすると、本願考案と引用考案のシユラウドとテノンの結合関係に関する構成に差異がないことは前叙のとおりであり、シユラウドの横断面寸法を除くその余の構成に差異がないことは原告の明らかに争わないところであるから、本願考案の構成はシユラウドの横断面寸法がT/2≒tである限度において引用考案の構成と重複し、両者を区別することができない。従つて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、両考案は同一であるといわなければならない。原告の引用する判例は事例を異にするものであり本件に適切でない。

3  以上のとおりであるから両考案を同一であるとした審決の結論は相当であり、原告の審決取消事由はいずれも採用できない。

3  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

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